良かれと思ってやったのに…「悪意なき善意」のはなし | イイノの業務日報 放送後記#25

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今日は25回目の放送でした。お聴きいただきました皆様ありがとうございました。

今日は「良かれと思ってやったのに」という話をさせていただきました。

仕事の場面に限らず日常生活の中でも、善意に基づいてやったことが裏目に出てしまったり、相手にとって良くない効果をもたらしてしまうことがあると思います。

個人間の話だけに限らず、社会の色々な仕組みや、現在のコロナ禍の中で放たれる様々な施策やアクションにも含まれている可能性があります。

これを「悪意なき善意」とでもいいましょうか。

本当に一人ひとりは真剣に問題を捉え解決するための行動しているつもりが、積もり積もって期待していた効果とはまったく逆の効果をもたらしてしまう。放送内で最初にお話ししたTwitterのデマ情報の拡散というのはまさにその典型例と言えるかもしれません。

今、大切なのは、情報を目の前にして行う確認作業なのだと思います。それは、「作法」に近いものかもしれません。そんな時、私はいつもこんなことを考えるようにしています。

  • その情報は誰が発言しているのか?
  • その発言の根拠となる情報やデータは何か?
  • その情報で得をするのは誰か?
  • 反対の主張をする人間はいるのか? いなければ、その理由は?
  • 反対の主張を作ることはできるのか?
  • 反対の主張を作ろうとすると根拠はあるのか?

今、迅速に正しい判断することが本当に難しくなっていると感じます。判断の基準にしようとする多くの情報の一つ一つが「真実の顔」をして近寄ってくるからです。

だからこそ、自分の情報に対しての「作法」を身につけることが大切かと思っています。

もちろん、自分のやっていることを正しいと言い切る「恐ろしさ」も併せて持っておくべきというのも付け加えておきます。

ニュースで、コロナ禍の中のドイツのメルケル首相の高い人気が報道されていました。強権的なリーダシップを各国のリーダーが奮う中、それはまるで「ドイツの母」のようだと。ドイツは有事の際の強権的なリーダーシップに対して、国民が疑いを持つのが習慣としてあるとのこと。

なぜか。その理由は、ヒトラーにあります。ドイツでは、自分たち有権者が民主的なプロセスの中で独裁者を生み出してしまった歴史があり、その恐怖を自覚として持ち続けているということでした。

コロナ禍の今、膨大な情報を前にした自分たちの個人個人の情報の「作法」が試されているような気がします。

次回の放送でお会いしましょう。

MOTHER SHIP
飯野泰弘